かさぶた

保健の教科書に、「精神が落ち込んだ時は、今のその感情ありのままを書き出してみると落ち着く」という記述があったので、かつてそうしてみたことがあった。しかしその結果、私の心は静まることはなく、さらなる絶望と怒りを生んだだけに過ぎなかった。自分がこうもつらいことを、私はきれいな文章で語ろうとする癖がある、大げさにしたがる癖がある。自覚していることを、さらに助長して書いてしまうことがある。

どうせ読むのは私一人なのに。

そんなことだから、私がルーズリーフに書きなぐった気持ちは、私の感情のはしっこまでかき上げられる前に、丸めて屑籠に捨てられることになった。後には苦い気持ちだけが残った。重苦しくて、どうにも立ち直れそうにないと思うほど。

あれから何年か過ぎて、私は今同じことをしようとしている。ここに全部、書き出そうとしている。状況の説明は一切しないで、ただそう思っているということがわかれば良しとしよう。それだけで、一歩踏み出すどころではなく、立ち幅跳びをしたくらいには大きく前進したことになるから。

 

初めて会ったのは夏で、初めて話したのも夏だった。美しく着飾った日に、あなたを独占できたというのは、どう考えても、神様のおかげとしか思えない。きらきら言葉が輝いて、あなたの語ること全部、好きだと思った。その話し方も語ることも今までにないくらい驚きに満ちていて、私はようやく、私を癒してくれる泉のような人に出会えたと思った。何もかもの始まりにありがちな、強い「興味関心」。それが一気に芽吹いて花を咲かすころ、それがちょうど夏だった。

一緒にいるとき、いつもわくわくした。なんでも楽しかった幼い頃の自分に戻ったみたいに、なんでも新鮮だった。柔らかくて、少しも曇りがない声をずっと聞いていたいと思った。ドキドキする瞬間や、心臓がきゅうっとするような瞬間は一つもなかったけれど、びっくりするようなひらめき、思わず笑いだしてしまう彼なりの持論。今まであった人の誰よりもちょうどいい温度や間合いが、心地よかった。大好きだった。ちょうどいい木陰をやっと見つけた小鳥みたいに、私はそこで休んで居たかっただけだった。

 

あんなにたくさんのこと、あんなに長い時間話したんだから、当然、私はあなたのそばに居られると思いこんでいた。物理的じゃなくていい、心や、精神が、あなたとわかりあっていれば、それでいい。それでよかったの。

 

馬鹿みたい。

 

何をうぬぼれていたんだろう、何を安心していたんだろう。

そんなきれいごと言って、必死になって隣にいたがったのはどうしてだろう。

余裕がないくらい、きっと、周りなんて全然見えていなかった。

かっこ悪いくらい、君がほしくて仕方なかった。

いつからそんな汚い独占欲に変わったんだろう。

私には全然わからないけど、気付いたらそうなっていた。

 

ばかみたい。

 

今まで、誰かを好きになるなんて、心が弱い人がすることだと思っていた。わたしは今まで、自分が一番好きだったから。自分のしていることが、一番心地よかったから。それに、恋をしていない人は誰だって、凛としていてかっこよかった。だから私は、誰も好きになりたくなかった。過去に一度、人を好きになって、ひどくひどく泣いたことがあるから、というのも、その一因。あんなにつらくてかっこ悪いこと、もう二度とするものかと思う。いまでも。

 

そういう意地とは裏腹に、気持ちは加速していく。

というか、だらしなく肥大していくといったほうが適切かもしれない。

 

このまま。

 

このままこの気持ちを一つも知られないで過ごすには、なんだかやりきれない気持ちもするが、それが一番得策かもしれない。そうできたら、どんなにいいだろうと思う。

そっと好きでいて、縁が切れたら、そっといなくなる。

「きっと、きっと。」

言い訳がましい私は言う。

「彼ってとてもすてきだから。私なんかじゃ務まらない。私よりもっと、かわいくてすてきな女の子じゃないと、彼女なんて務まらない。」

だからこのまま、見ているだけ。

気が向いたときだけ、相手をしてくれればそれでいい。

でも、このままでいられる可能性は、相当低いだろうなと、憎らしいくらい客観的にそう思っている自分がいる。

 

とにもかくにも、わたしの身勝手な行動で、大好きな人を失いかけていることは明白だった。これで二回目。私はまた同じようなことで、大好きな人との関係を危うくしてしまうんだろうか。またあのやりきれない気持ちが襲ってくる?こんどこそ私はきっと立ち直れない。あっけなくその波にのまれて、死んでしまうに違いない。

 

怖い、怖いな。

 

せっかく好きになったのに、君のことも、みんなのことも、人間全部、好きになれたのに、やっとそうなれたのに。

 

私はまた、全人類を嫌いになっていしまいそうだ。